「決起」から「抵抗」へ(の撤退?)

 今回このプログラム「Hijikata Tatsumi /異言」においては、土方巽を結節点として60年代日本のアートを当時の緊迫した政治状況に対する応答として再考することになるはずだが、土方の創作活動において、その「暗黒舞踏様式」、こんにち人が「舞踏」として名指すであろうユニークなあのスタイルが形を成したのは、じつは70年代になってからだ。そして、それは、土方のダンス(のみならず、アート全般について)の「政治」から「美学」へのシフトとみなされている。なるほど、68年のいくつかの「決戦」の敗北を境に、学生を中心とした反体制運動=革命の機運は急速に萎み、それと同時に芸術表現全般からあからさまな政治性は失われていったようにも見える。
 そこで、今一度、68年の土方のダンスと72年の土方の舞踏を比べて見てみたい。まず、68年、まさに劇場の外で路上の闘争の激しさが増していくさなかに上演された『肉体の叛乱』と題された作品。それは、ストイックな鍛錬と断食によって鋭利に研がれた凶器のごとき身体が、溜め込まれた「力」が堰を切って溢れ出るに任せる、「決起」する革命の身体、というにふさわしい踊りであった。土方はこの舞台の後、4年間自ら踊ることをやめ「暗黒舞踏様式」を模索することになる。
 そして72年に大掛かりな連続公演が企画され、その中で「暗黒舞踏」が姿を顕わす。その白眉として名高いのが『疱瘡譚』である。よく知られる土方のソロ・シーンはタイトルが示す通り癩病者(ハンセン氏病患者)の「立てなくなった身体」のダンスである。地べたにへたりこんだ「足萎えの踊り」。わずか数年前68年の土方を鮮烈に記憶している者にしてみれば、あの「屹立し激した荒ぶる革命の身体」は、今や「腰が抜けたボロボロの敗北の身体」となり果てた、というふうに見えたかもしれない。しかし、実際はそうした否定的な評価を下すかわりに、そもそも健康な身体の十全な活動を誇示するものである「ダンス」という表現形態の「常態(ノーマル)」を逆さに志向するものとして、あるいはインターナショナルなモダニズムの身体ではなく繊細なアジア的な身体に潜在する微細かつ豊穣なミクロコスモス(インナースペース)の開示、といったような、要するに「美学」的な価値判断によって評価されてきたのだった。すなわち、政治から美学への退却、政治的敗北を美学によって忘却すること。批評家や観客が無意識に行ったのは、おそらくはそういうことだったのだろう。
 けれども、残された映像で見るその踊りからは、挫折感・無力感やルサンチマンの気配は感じられず、むしろ明るく清々しい。
そこで提案。これをリテラルに「もう歩くのはやめた、立つのもやめた、やめだやめだ。今から俺は梃子でも動かないと決めたのだ。」という、生産主義的な社会への「不服従」、「抵抗」の表明のダンスと見たらどうであろうか? そう、メルヴィルの『バートルビー』だ。上司からの命令を"I would prefer not to."という婉曲な言い方でことごとく拒否するバートルビー。彼はやがて会社で寝泊りを始め、鍵をかけて籠城するにいたる。「梃子でも動かない」という「抵抗」になす術のない雇い主は会社そのものの移転を余儀なくされる。物語の結末こそ悲惨だが、主人公の徹底した「何もしないこと」への忠実さは奇妙な爽快感を与える。そう、要するにこれは「職務放棄」の貫徹ということで、近年、労働運動における「抵抗」の寓意として取り上げられることになった小説なのだ。『疱瘡譚』における土方巽を、このバートルビーの振る舞いのようなものとして、つまり「決起」の挫折の後になお継続した、また別のかたちの「抵抗」とみなすことが出来ないだろうか?
 さて、ここで2015年に跳ぶ。 2011年の原発事故以降急速に広がりつつある、反原発、排外主義に対するカウンター、反安保法制といった社会的不正義に対する「運動」。それらの抗議行動における新たな「スタイル」としてしばしば、学生団体SEALDsの開発したすこぶるグルーヴィな「シュプレヒコール」が挙げられるが、もう一つ、「シットイン(座り込み)」という古典的な戦術の思いがけない復活がさまざまな闘争の場で見られた。例えば、排外主義者のデモ行進を阻むため、あるいは安保法案を強行裁決しようと国会へ向かう議員たちの車を阻むため、それはごく自然に起こった。仰向けに地面に寝そべる。脱力して身を投げ出す。警官がそれを引き剥がす。抵抗はしない。そのかわり引き起こされたらすぐさま前に出てまた寝そべる。いきり立ち拳を振り上げ屹立する身体とは真逆の、しかしそれはまぎれもなく「抵抗」の身体だ。
 では、日本社会にひさかた振りに訪れたこの「政治の季節」において、アートは、なかんずくパフォーマンスする身体はどうなっているか? というわけで、光州にてとくとその目でたしかめて頂きたいのだ。


(※ 『Our Masters 土方巽/異言』展示風景の動画をアップしました。僕がi-Phoneで撮影したものなので手ブレ等見づらい点はご了承ください。
https://www.youtube.com/channel/UCjO1DPq9VhnourBWt3tU0UA …)